

静岡県浜松市、深奥山に佇む臨済宗方広寺派の大本山。1371年の開創以来、厚い信仰を集めてきたこの広大な寺院が、現代のビジネスパーソンや団体のために「宿坊貸切プラン」を開放。22もの国登録有形文化財に囲まれた圧倒的な非日常空間で、都会の喧騒で置き去りにされた「心」を見つめ直し、自分本来の豊かさを取り戻すウェルビーイングな滞在を叶えます。

数名の役員合宿から最大200名の大型研修まで、目的に応じた柔軟な受け入れが可能です。窓から厳かな本堂を望む会議室や、6名程度の密な対話に適した応接間、そして115畳もの開放的な大広間など、用途に合わせてレイアウトは自由自在。伝統的な禅寺でありながら、全室冷暖房完備の和室や、機能的なワークスペースが整っています。

単なる宿泊に留まらず、本格的な坐禅体験や修行道場での研修、そして心身に優しい精進料理など、禅の精神を五感で学ぶことができます。境内に並ぶ「五百羅漢」の石像に見守られながら仲間とともに歩む時間は、チームの結束を深め、揺るぎない「軸」を養う貴重な機会になるでしょう。
世界中でライフスタイルや働き方への意識、価値観は大きく変化しました。
新たな生活様式に適用していく中で、「心」は置き去りになっていないでしょうか。
都会での暮らしや働き方だけでなく、自然豊かな環境の中で自分にとっての豊かさを見つめる機会や、心身のバランスを調え、健康でウェルビーイングを実現するライフスタイルを大切にしたい。
そんな人たちに向け、禅の生活や坐禅体験、体に優しい食事、
自然に囲まれた環境の中で心身のバランスを調える時と空間を提供します。
奥山方広寺は静岡県浜松市北区引佐町奥山にある、臨済宗方広寺派の大本山で、東海地方を代表する禅寺建徳二年(1371年)に後醍醐天皇の皇子である無文元選禅師(むもんげんせんぜんじ)によって開創された禅寺で、60町歩(東京ドーム約13個分)の敷地内に大本堂、半僧坊真殿、開山堂、三重塔など多数の建物を擁し、22の建物は国の登録有形文化財に登録されています。
山号は深奥山(じんのうざん)と称し、静岡県浜松市北区引佐町奥山に所在します。
禅宗のうち、臨済宗方広寺派を構成し、その大本山として厚い信仰を集めています。
また、かつては癩(らい)患者のための病院施設を開き地域の福祉に貢献しました。
さらに、明治14年の山林大火の際に類焼に遭うも開山円明大師の御墓所と七尊菩薩堂、開山様本像、そして半僧坊真殿が焼け残ったことから、方広寺の鎮守の神である半僧坊の信仰も全国に広がっています。
1371年、無文元選禅師(むもんげんせんぜんじ)は、当地を治めていた豪族奥山六郎次郎朝藤(おくやまろくろうじろうともふじ)の招きにより、奥山家の治めていた所領のうちから60町歩の土地と建物を寄進され、ここに方広寺を開かれました。
無文元選禅師を御開山と称し、奥山六郎次郎朝藤を開基と称します。
元選禅師は、この地が、かつて訪れたことがある中国の天台山方広寺の風景に似ていることから、この寺を方広寺と名付けられました。
幾度となく火災にあって伽藍は消失しましたが、明治14年(1881)の大火の後、復興を遂げ、現在、大本堂、半僧坊真殿、開山堂、三重の塔など多数の建物を擁しています。
境内各所には五百羅漢の石像が安置されております。これは拙巌(せつがん)和尚が、大蔵経(だいぞうきょう)を読んでいるとき、五百人の羅漢さまが仏法を護り、伝えるという記述を読み、御開山無文元選禅師が、かつて中国の天台山方広寺を訪れたとき、石橋(しゃっきょう)にお茶を献じられたとき羅漢さまが姿を現されたという故事にちなみ、当山に五百羅漢の石像を安置することを発願(ほつがん)されました。多数の方に寄進を願い、明和(めいわ)7年(1770)、500体の羅漢さまが安置されました。
また現在、平成の五百羅漢を皆様に御寄進いただきながら、安置を進めております。
小規模な会議などの利用をご希望の方には、窓から本堂が眺められる会議室もございます。普段と違う仕事環境では、新たな発想が生まれ、未知のアイデアに繋がることも。椅子や机を自由にレイアウトでき、30名までの利用が可能です。
円明閣には、6名ほどの少人数の利用に最適なソファルームもございます。
宿泊部屋は、リラックスできる和室です。各部屋には、冷暖房も完備。一部屋に泊まる人数に関しても、ご要望に応じて柔軟に決めることができます。(最大4名)
お風呂とトイレは部屋の外にございます。


